歴史/創業者

明治八年(1875年)より続く、甚七の歩み

大山甚七商店について


大山甚七商店の前身である大山呉服店。

初代大山甚七が作り上げた、大山甚七商店の前身となる大山呉服店は、呉服と布団(カクイわた)などを取り扱う傍ら、富久泉という銘柄の芋焼酎の製造販売を行っていました。これが現在に至るまで引き継がれ続けてきた芋焼酎作りの源流であり、古きの想いを今もなお守りつつ新しい道を模索する志の始まりの場所と言えます。

歴代の蔵元達


二代目、三代目、四代目。歴代の甚七たち。

明治八年、芋焼酎の蔵元として創業した大山甚七商店は、現在にいたるまで、数々の銘焼酎を作り続けてきました。その芋焼酎の味わいは、歴代の「甚七」と、それを支え続けてきた職人たちによる百年を超える技術と想いが凝縮されて生み出されています。築き上げられた想いと味は、代々伝わる製法で造られた芋焼酎「甚七」や、四代目甚七が考案し開発された銘焼酎「薩摩の誉」を始めとする、全ての銘柄で今も味わうことができます。

五代目 「甚七」


五代目甚七である大山修一。

二十四歳にして五代目を継いだ、大山修一。
杜氏としての姿の他に、芋焼酎製造には欠かせない酵母の研究者の姿も持っています。伝統を継ぎつつ、職人としての技術を学問的に深く掘り下げ、新しい道を模索するその姿は『温故知新』という、大山甚七商店が蔵元として掲げる言葉を体現しています。そして、その成果として生まれた渾身の逸品『天翔宙』は近年「優良ふるさと食品中央コンクール」で農林水産大臣賞に輝くなど、その名を広めつつあります。

未来への取り組み


未来へと歩み続ける大山甚七商店。

大山甚七商店と、「甚七」たちの思いは未来へと進み続けます。2011年5月16日21時56分(日本時間)、宇宙に向けて飛び立ったスペースシャトル・エンデバー号の最終フライトに積み込まれた酵母と麹菌は、国際宇宙ステーションにおいて約16日間の宇宙滞在を経験し、6月1日15時5分(日本時間)に無事NASAケネディ宇宙センターに帰還しました。その「宇宙酵母」と「宇宙麹菌」は「鹿児島宇宙ミッション実行委員会」参加蔵へと頒布される予定となっています。そしてその中には指宿市の篤姫ゆかりの今和泉島津家別邸跡地から採取した土から、鹿児島大学農学部焼酎学講座「北辰蔵」において培養を重ね、分離に成功した「篤姫酵母」も含まれていました。そこから新しい味が生まれるかはまだわかりません。しかし、新しい道に挑戦し続ける大山甚七商店の「甚七」とそこに集う職人たちはこれからも芋焼酎の世界を広げ続けます。

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